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トランボと赤狩り、ジョン・ウェインの関係は?映画の対立描写と史実を整理

トランボと赤狩り、ジョン・ウェインの関係は?映画の対立描写と史実を整理
トランボと赤狩り、ジョン・ウェインの関係は?映画の対立描写と史実を整理
洋画

映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』を見ると、脚本家ダルトン・トランボとジョン・ウェインは、赤狩りをめぐって真正面から対立した宿敵のように描かれています。実際、2人がハリウッドの政治的対立で反対側に立っていたことは事実です。

ただし、ジョン・ウェインがトランボ個人を告発してブラックリスト入りさせた、という単純な関係ではありません。ウェインは反共団体を支持し、赤狩りを後押しする立場にいた人物であり、トランボはその仕組みによって仕事を奪われた側でした。映画の対決シーンにはドラマとして整理・脚色された部分もあります。

この記事では、トランボがなぜ赤狩りの標的になったのか、ジョン・ウェインが実際に何をしたのか、映画の描写はどこまで史実なのかを順番に整理します。

  1. トランボと赤狩り、ジョン・ウェインの関係は「被害者と赤狩り支持者」
  2. ダルトン・トランボはなぜ赤狩りの標的になったのか
    1. トランボは実際にアメリカ共産党員だった
    2. 1947年の下院非米活動委員会で証言を拒んだ
    3. 議会侮辱罪とブラックリストは別の仕組みだった
  3. ジョン・ウェインは赤狩りで実際に何をしていたのか
    1. 「アメリカの理想を守るための映画同盟」で活動した
    2. ウェインがトランボ本人を議会で告発したわけではない
    3. 1947年の時点でウェインが団体会長だったわけではない
  4. 「赤狩り=マッカーシーがトランボを追放した」ではない
    1. トランボを追及したのは下院非米活動委員会
    2. ハリウッドの赤狩りは一人の政治家だけで成立したものではない
  5. 映画『トランボ』でジョン・ウェインと対決する場面は史実なのか
    1. 2人の政治的対立そのものには史実上の根拠がある
    2. 映画と同じ会話が実際に行われたとは限らない
    3. 第二次世界大戦への参加をめぐるやり取りも映画的な演出
  6. トランボとジョン・ウェインは個人的な宿敵だったのか
    1. トランボのブラックリスト入りを決めたのはウェイン一人ではない
    2. トランボは偽名で書き続け、ブラックリストを形骸化させた
  7. トランボの復帰と、その後に生まれた意外なジョン・ウェインとの接点
    1. 『スパルタカス』と『栄光への脱出』で名前が戻った
    2. トランボの息子は後にジョン・ウェイン主演映画を書いている
  8. トランボと赤狩り、ジョン・ウェインの関係をまとめると

トランボと赤狩り、ジョン・ウェインの関係は「被害者と赤狩り支持者」

最初に結論を整理すると、ダルトン・トランボとジョン・ウェインの重要な関係は、映画作品で長く共演した仲間だったというものではなく、1940年代後半から1950年代のハリウッドで政治的に反対の立場にいたことです。

トランボは下院非米活動委員会への証言を拒否した「ハリウッド・テン」の一人となり、投獄とブラックリストを経験しました。ジョン・ウェインは強い反共姿勢を示し、「アメリカの理想を守るための映画同盟」に参加して赤狩りを支持する側に立っていました。
人物 赤狩り当時の立場
ダルトン・トランボ 左派的な政治活動を行い、共産党にも所属。議会で政治的所属について答えることを拒否し、ハリウッド・テンとして有罪判決を受け、映画業界から排除された
ジョン・ウェイン 強硬な反共主義者。「アメリカの理想を守るための映画同盟」に参加し、のちに会長となって反共活動を支持した

この意味では、映画『トランボ』が2人を対立する存在として配置したことには史実上の根拠があります。トランボが守ろうとしたのは、政治思想を理由に政府が個人を追及することへの抵抗でした。それに対してウェインは、共産主義の影響を映画界から排除することをアメリカ社会を守る行為と考えていました。

ただし、ここから「ウェインがトランボを直接告発した」「ウェインの指示でトランボが刑務所に入った」と考えるのは正確ではありません。トランボを召喚したのは米議会の下院非米活動委員会であり、ブラックリストを実際の雇用停止につなげたのは大手映画会社側でした。

2人を理解するときは、個人的な因縁というより「赤狩り時代のハリウッドで、思想・表現の自由を重視した側と、反共活動を重視した側を象徴する人物」と見ると関係がわかりやすくなります。

ダルトン・トランボはなぜ赤狩りの標的になったのか

トランボは単に左派だと疑われただけの人物ではありません。実際にアメリカ共産党へ加入していた時期があり、労働問題や公民権、反ファシズムなどの政治活動にも積極的でした。ただし、赤狩りで最大の争点になったのは、共産党員だったことだけではなく、政府が思想や政治的所属を尋ねること自体を認めるかという問題でした。

トランボは実際にアメリカ共産党員だった

赤狩りについて説明するとき、「トランボは共産主義者ではなかったのに濡れ衣を着せられた」と理解すると事実とずれてしまいます。ウィスコンシン大学の映画・演劇研究資料などでは、トランボが1940年代にアメリカ共産党へ所属していたことが確認できます。

彼は労働者の権利、人種差別への反対、反ファシズムなどの活動に関わっていました。第二次世界大戦中には太平洋地域へ戦争特派員として赴いた経験もあり、政治的には左派であっても、単純に「アメリカに敵対していた人物」と整理できる存在ではありません。

重要なのは、共産党員であることと、ソ連のために犯罪行為やスパイ活動をしていたことは別問題だという点です。トランボが後に争ったのも、政府が個人の思想や交友関係を問い、それへの回答を事実上仕事の条件にすることでした。

1947年の下院非米活動委員会で証言を拒んだ

1947年、米下院の非米活動委員会、通称HUACは、映画業界への共産主義の影響を調べる公聴会を開きました。トランボを含む脚本家や監督たちは議会へ呼び出され、「現在、あるいは過去に共産党員だったか」といった質問を受けます。

トランボら10人は、政治的思想や所属を政府が追及することは憲法上認められないとして回答を拒みました。この10人が後に「ハリウッド・テン」と呼ばれるようになります。

U.S. Capitol Visitor Centerに残る記録でも、1947年10月28日のトランボの証言と、その後に議会侮辱罪へ問われた経緯を確認できます。

議会侮辱罪とブラックリストは別の仕組みだった

ここは赤狩りを理解するときに混同されやすい部分です。トランボが刑務所へ送られた直接の理由は「共産党員だったから」ではなく、議会の質問への回答を拒んだことによる議会侮辱罪でした。

その一方で、映画界では大手スタジオがハリウッド・テンを雇用しない方針を表明します。これがハリウッド・ブラックリストの始まりとなり、その後、対象者は脚本家、監督、俳優など多数の映画関係者へ拡大しました。

「政府が作った公式のブラックリストに名前が載り、法律によって映画の仕事を禁止された」という仕組みではありません。議会による政治的追及と、映画会社による雇用拒否が組み合わさったことで、実質的に仕事ができなくなりました。

ジョン・ウェインは赤狩りで実際に何をしていたのか

ジョン・ウェインは西部劇や戦争映画の大スターであると同時に、ハリウッドを代表する保守派・反共主義者として政治活動にも関わりました。トランボとの関係を見るうえでは、彼が参加した「Motion Picture Alliance for the Preservation of American Ideals」という団体が重要です。

「アメリカの理想を守るための映画同盟」で活動した

この団体は日本語では「アメリカの理想を守るための映画同盟」などと訳され、1944年に結成されました。映画界に共産主義などの思想が入り込むことを防ぎ、「アメリカ的価値観」を守ることを掲げた保守系団体です。

ジョン・ウェインのほか、ウォルト・ディズニー、ゲイリー・クーパー、ウォード・ボンド、ヘッダ・ホッパーなど、当時の映画界で強い影響力を持っていた人物が参加・支持していました。

PBSのAmerican Mastersでも、ウェインが反共活動へ深く関与し、この団体の会長になった経緯が紹介されています。

ウェインがトランボ本人を議会で告発したわけではない

映画『トランボ』を見ると、ウェインが赤狩りを動かしてトランボを追い込んだ中心人物のような印象を受けるかもしれません。しかし、この部分は整理が必要です。

1947年の公聴会でトランボを追及したのは下院非米活動委員会であり、ジョン・ウェイン自身がトランボを名指しして議会で告発したことが、彼のブラックリスト入りの直接原因になったわけではありません。

一方で、ウェインが所属した映画同盟はHUACの調査に協力的で、反共的な映画人をまとめる役割を担っていました。そのため、「ウェインはトランボの投獄を決めた人物ではないが、赤狩りを支持し、それを進めやすくしたハリウッド側の有力者の一人」と表現するのが実態に近いでしょう。

1947年の時点でウェインが団体会長だったわけではない

時系列にも注意が必要です。映画同盟は1944年から存在し、ウェインも早い時期から反共的な活動を支持していましたが、1947年にトランボらがHUACへ召喚された当初からウェインが団体の会長だったわけではありません。

ウェインが会長となったのは1940年代末で、その後1950年代初頭にかけて約4年間務めています。つまり、トランボを含むハリウッド・テンへの最初の追及より後にも、ウェインは反共運動を公然と支持し続けたことになります。

1952年には、ウェイン自身がHUACの捜査官を演じる反共映画『Big Jim McLain』にも主演しています。反共姿勢は単なる団体上の肩書ではなく、本人の公的な政治姿勢でもありました。

「赤狩り=マッカーシーがトランボを追放した」ではない

トランボの話では「マッカーシーの赤狩り」という表現がよく使われます。時代全体を表す言葉としては間違いとは言い切れませんが、トランボ本人の公聴会については、ジョセフ・マッカーシー上院議員が直接取り調べたわけではありません。

トランボを追及したのは下院非米活動委員会

1947年にトランボが呼び出されたのは下院非米活動委員会(HUAC)です。当時の委員長はJ・パーネル・トーマス下院議員でした。

一方、ジョセフ・マッカーシーは上院議員で、連邦政府内部に共産主義者がいると主張して大きな影響力を持つようになるのは1950年代に入ってからです。そこで1950年代の激しい反共運動全般が「マッカーシズム」と呼ばれるようになりました。

トランボを議会へ呼んだのはマッカーシー? いいえ。1947年のハリウッド公聴会を行ったのは下院非米活動委員会です。マッカーシー本人がトランボを尋問したわけではありません。

ハリウッドの赤狩りは一人の政治家だけで成立したものではない

この違いを理解すると、なぜジョン・ウェインの存在が重要なのかも見えてきます。ハリウッドのブラックリストは、一人の政治家が命令して完成した制度ではありません。

議会の調査、反共団体、映画会社の経営判断、業界団体、新聞やコラム、世論などが重なって形成されました。有名人が「あの人物は共産主義に近い」と疑われるだけでも、映画会社にとって起用することが大きな経営リスクになった時代です。

ウェインや著名コラムニストのヘッダ・ホッパーが重要なのは、この社会的圧力を生み出す側に大きな発言力を持っていたからです。したがって、赤狩りを理解するときは「トランボ対ジョン・ウェイン」という個人的な喧嘩として見るより、政治、映画産業、メディアが一体となった構造として見る必要があります。

映画『トランボ』でジョン・ウェインと対決する場面は史実なのか

2015年の映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』では、デヴィッド・ジェームズ・エリオット演じるジョン・ウェインと、ブライアン・クランストン演じるトランボが直接言葉を交わします。この場面が印象的なため、「実際の2人も顔を合わせて激しく口論したのか」と気になる人は多いでしょう。

2人の政治的対立そのものには史実上の根拠がある

まず、ウェインが反共陣営の有力な映画人であり、トランボがその反対側にいたことは事実です。そのため、映画が2人を対照的な人物として扱ったこと自体は、赤狩り時代の政治構造をわかりやすく示す方法といえます。

ジェイ・ローチ監督も作品について、ウェインやヘッダ・ホッパーら反共派とトランボたちの対立を、当時のハリウッドを分断していた思想的な争いとして描いています。

映画と同じ会話が実際に行われたとは限らない

一方、映画に登場するトランボとウェインの直接対決については、その台詞や展開まで史実として受け取らないほうがよいでしょう。歴史映画は複雑な人物関係を短時間で説明するため、実在した複数の出来事や立場を一つの場面へ集約することがあります。

『Journal of American History』に掲載された映画評でも、『トランボ』は史実を基礎にしながら、映画として歴史を単純化・圧縮し、一部を創作している作品だと指摘されています。

映画でウェインが「赤狩り支持者」として登場することには歴史的根拠があります。しかし、トランボとの口論を含め、劇中の会話をそのまま歴史的記録として引用するのは避けたほうが安全です。

第二次世界大戦への参加をめぐるやり取りも映画的な演出

映画には、トランボがウェインに対し、第二次世界大戦について強い愛国的主張をする一方で本人は軍人として従軍していなかったことを突く場面があります。

トランボが第二次世界大戦中に太平洋地域へ戦争特派員として赴いたこと、ウェインが軍人として従軍していないこと自体は確認できる事実です。ただし、映画で描かれるような形でトランボ本人がウェインへ直接この言葉を浴びせた、とまで断定できる史料が一般的に確認されているわけではありません。

ここでも、映画は2人の立場の矛盾や違いを短い場面で象徴させています。ウェインを評価する場合も「従軍しなかった」という一点だけで当時の事情をすべて説明するのではなく、映画上の演出と歴史上の事実を分けて見ることが大切です。

トランボとジョン・ウェインは個人的な宿敵だったのか

映画から受ける印象とは異なり、2人を長年にわたり個人的に憎み合った「宿敵」と位置付けるのは適切ではありません。確認できる歴史的な意味での最大の接点は、やはり赤狩りをめぐる政治的立場の違いです。

トランボのブラックリスト入りを決めたのはウェイン一人ではない

1947年の議会公聴会後、大手映画会社はハリウッド・テンを雇用しない方針を示しました。この業界側の決定によって、トランボは表向き脚本家として働くことが難しくなります。

つまり、トランボのキャリアを奪った仕組みは、ウェインという一人の俳優によって作られたものではありません。議会、スタジオ経営者、反共団体、メディアなどの力が重なった結果です。

それでもウェインの名前が特に語られるのは、当時すでに世界的なスターであり、その知名度を持って公然と反共運動を支持していたからでしょう。映画『トランボ』でも、制度そのものを登場人物にすることはできないため、ウェインやヘッダ・ホッパーが赤狩り側を象徴する人物として機能しています。

トランボは偽名で書き続け、ブラックリストを形骸化させた

仕事を失ったトランボは、表向きの名前を出さず、他人の名義や偽名を使って脚本を書き続けました。その代表例が『ローマの休日』です。公開当時、トランボの名前は正式な脚本クレジットに出せませんでした。

さらに『黒い牡牛(The Brave One)』では「ロバート・リッチ」という名前を使い、作品は1957年のアカデミー賞原案賞を受賞しました。アカデミーの公式データベースでも、後にロバート・リッチがトランボの偽名だったことが確認されています。

才能のある脚本家を排除したはずなのに、その脚本が匿名のまま映画界で評価され続けたという事実は、ブラックリストという仕組みの矛盾を象徴しています。

トランボの復帰と、その後に生まれた意外なジョン・ウェインとの接点

ブラックリストは1950年代を通じて続きましたが、1960年になると大きく崩れます。その中心にいたのが、トランボを実名で起用した俳優・製作者カーク・ダグラスと、映画監督オットー・プレミンジャーでした。

『スパルタカス』と『栄光への脱出』で名前が戻った

カーク・ダグラスは『スパルタカス』の脚本家としてトランボを起用し、実名をクレジットしました。同じ時期、オットー・プレミンジャーも『栄光への脱出』の脚本をトランボが書いていることを公表します。

アメリカ議会図書館も、『スパルタカス』でトランボが脚本家として起用されたことが、ハリウッド・ブラックリストの終焉を促した出来事として紹介しています。

ブラックリストがその瞬間に完全消滅したわけではありませんが、誰もが知る大作にブラックリスト対象者の名前が堂々と表示された意味は大きく、匿名で働かせる仕組みを維持することが難しくなりました。

トランボの息子は後にジョン・ウェイン主演映画を書いている

2人の関係を調べると興味深い後日談があります。ダルトン・トランボの息子で、自身も脚本家となったクリストファー・トランボは、1975年公開のジョン・ウェイン主演映画『ブラニガン』の脚本に参加しました。

Los Angeles Timesのクリストファー・トランボの訃報でも、彼が『ブラニガン』を共同執筆したことが確認できます。

もちろん、これを父ダルトン・トランボとジョン・ウェインの和解だったと判断できる根拠はありません。ただ、赤狩り時代には反対側を象徴していたウェインの主演作品に、後年トランボの息子が脚本家として関わったという事実は、ハリウッドの人間関係が単純な「敵と味方」だけでは整理できないことを示す興味深いエピソードです。

トランボと赤狩り、ジョン・ウェインの関係をまとめると

まとめ
まとめ

ダルトン・トランボとジョン・ウェインは、ハリウッド赤狩りの時代に政治的に明確な反対側へ立った人物です。トランボは共産党員だった時期があり、1947年の下院非米活動委員会で政治的所属への回答を拒否したことで議会侮辱罪に問われ、その後映画界のブラックリストによって仕事を奪われました。

ジョン・ウェインは強い反共主義者で、「アメリカの理想を守るための映画同盟」に参加し、後に会長を務めました。このため赤狩りを支持・後押ししたハリウッドの代表的人物の一人と考えることができます。

ただし、ウェイン自身がトランボを議会へ告発して投獄させたわけではなく、2人を個人的な宿敵と考えるのも単純化しすぎです。トランボを追及したのは下院非米活動委員会であり、ブラックリストを実際の雇用拒否につなげたのは映画会社などを含む業界全体でした。

映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』の直接対決は、こうした複雑な構造を観客にわかりやすく伝えるためのドラマ的な整理を含んでいます。「トランボ対ジョン・ウェイン」という構図は当時の政治的対立を理解する入口としては有効ですが、映画の会話までそのまま史実と考えず、赤狩りを支えた制度や業界全体の動きまで見ることで、2人の本当の関係がより正確に理解できます。

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