映画『アメリカン・スナイパー』を観ていて、「赤ちゃん、どう見ても人形では?」「これほどの大作なのになぜ本物の赤ちゃんを使わなかったの?」と気になった人は多いのではないでしょうか。緊迫した戦争描写が続く作品だけに、家庭のシーンで突然現れる赤ちゃんの不自然さはかなり目立ちます。
結論からいうと、最初から人形を使う予定だったわけではありません。撮影当日に予定していた本物の赤ちゃんが体調不良となり、もう一人の赤ちゃんも現場に来なかったため、急きょ人形を使って撮影を続行したことが脚本家によって明かされています。この記事では、人形になった経緯や撮影上の事情、なぜ撮り直さなかったのか、CGIでは対応できなかったのかまで整理します。
アメリカン・スナイパーの赤ちゃんが人形なのはなぜ?理由は撮影当日のトラブル

『アメリカン・スナイパー』の赤ちゃんが人形になった最大の理由は、撮影当日に予定していた赤ちゃんを使えなくなったことです。低予算だったから最初から人形にしたわけでも、物語上の特殊な演出として人形を登場させたわけでもありません。
本物の赤ちゃん1人目は発熱していた
この疑問について説明したのが、『アメリカン・スナイパー』の脚本を担当したジェイソン・ホールです。作品公開後、あまりにも人形が目立つとして話題になった際、ホールは当時のTwitterで撮影当日の事情を明かしました。
それによると、撮影に用意されていた本物の赤ちゃんのうち、1人目は発熱した状態で現場に来たため、撮影に使うことができませんでした。乳児の健康を考えれば当然の判断であり、映画撮影を優先して無理に出演させるわけにはいきません。
当時の投稿は削除されていますが、内容はNMEやStar Tribuneなど複数の海外メディアによって報じられています。
代役として用意していた赤ちゃんも来なかった
映画やドラマでは、赤ちゃんの体調や機嫌に左右されることを考慮して、複数の乳児を用意することがあります。『アメリカン・スナイパー』でも予備となる2人目が予定されていました。
ところがホールの説明では、この2人目が撮影現場に来ませんでした。つまり、撮影当日に予定していた2人の赤ちゃんをどちらも使えなくなるという事態が起きたことになります。
クリント・イーストウッド監督は人形で撮影を続行した
そこでクリント・イーストウッド監督が選んだのが、現場にあった赤ちゃんの人形を使って予定どおり撮影する方法でした。ホールは当時、イーストウッドなら「人形を持ってこい」というような判断をするだろうというニュアンスを込めて、この出来事をユーモラスに説明しています。
後年のホールのインタビューでも、本物の乳児を使える時間には制約があり、2人そろわなければ長い会話シーンを撮影するのは難しかったという趣旨の説明をしています。つまり、偶然人形が映り込んだのではなく、撮影を中止せず、その日のうちにシーンを成立させるための現実的な代替策だったわけです。
赤ちゃんの人形が登場するのはどのシーン?なぜあれほど目立つのか

人形が話題になったのは、単に画面の隅に映ったからではありません。ブラッドリー・クーパー演じるクリス・カイルが赤ちゃんを長時間抱え、妻タヤとの重要な会話をする場面だったため、観客の視線が自然と赤ちゃんにも向かいました。
クリスが家庭で赤ちゃんを抱いている場面
問題のシーンは、戦地から戻ったクリスと妻タヤの家庭でのやり取りです。『アメリカン・スナイパー』は戦闘だけを描く作品ではなく、戦場から戻っても精神的には戦争から離れられないクリスと、その変化に苦しむ家族の関係が物語の大きな軸になっています。
そのため赤ちゃんを抱く場面も、本来なら「父親として家庭にいるクリス」と「兵士として戦場を引きずっているクリス」のギャップを見せる重要な場面です。ところが、抱かれている赤ちゃんが明らかに硬く、ほとんど自然な動きを見せないため、物語より人形の存在が気になってしまった人が続出しました。
ブラッドリー・クーパーが指で腕を動かしているように見える
特に注目されたのが、ブラッドリー・クーパーが抱いている赤ちゃんの腕です。画面をよく見ると、クーパーが自分の指を使って人形の腕を動かし、生きている赤ちゃんらしい動きを作ろうとしているように見えます。
普通の映画であれば気づかず流してしまう可能性もありますが、このシーンでは赤ちゃんが比較的大きく映ります。しかも大人2人が非常に真剣な演技をしているため、人形特有の硬さとの落差がかえって強調されました。
出演したブラッドリー・クーパー自身も驚いていた
観客だけが違和感を持っていたわけではありません。ブラッドリー・クーパー本人も後にテレビ番組でこの撮影について語り、プラスチック製の赤ちゃんと演技することになったことが信じられなかったという趣旨のコメントをしています。
The Guardianによれば、クーパーは当時の状況を笑いながら振り返っており、撮影中には人形に対する愛着まで湧いたと話しています。シエナ・ミラーも人形の見た目について冗談交じりに語っており、出演者自身も不自然さを十分認識していたことがわかります。
なぜ本物の赤ちゃんを待てなかった?映画撮影では乳児を自由に働かせられない

「赤ちゃんが来なかったなら別の日に撮ればよかったのでは」と考えるのも自然です。しかし、映画の撮影では俳優、スタッフ、セット、照明、撮影場所など多数のスケジュールを合わせています。さらに乳児を出演させる場合には、大人にはない厳しい制約があります。
乳児には撮影時間の厳しい制限がある
『アメリカン・スナイパー』はロサンゼルスを含むカリフォルニア州でも大規模に撮影されています。同州のエンターテインメント業界における未成年者の就労規則では、非常に幼い乳児について厳しい時間制限が定められています。
カリフォルニア州労使関係局の規則では、生後15日以上6か月未満の乳児が就業場所にいられる時間は最大2時間で、実際に仕事を行える時間は1日20分までとされています。強い照明への露出にも制限があり、年齢によっては看護師やスタジオ・ティーチャーの配置も必要です。
現在確認できる規則からも、映画会社が本物の赤ちゃんを「大人の俳優と同じように何時間も撮影する」ことはできないとわかります。長い会話シーンで何度もテイクを重ねたい場合、乳児の出演は特に難しくなります。
複数の赤ちゃんを用意するのには理由がある
赤ちゃんを使う撮影で双子など複数の乳児が起用されることがあるのは、見た目が似ているからだけではありません。1人が出演可能な時間を終えた際に交代できることや、体調・睡眠・機嫌の変化に対応できることも大きな理由です。
『アメリカン・スナイパー』でも2人を予定していたという点は重要です。1人目だけが発熱したのであれば、もう1人で撮影できた可能性があります。しかし、その予備の赤ちゃんまで来なかったため、予定していた撮影方法そのものが成立しにくくなりました。
赤ちゃんの安全は映画の完成度より優先される
完成した映像だけを見ると「人形より本物を使ったほうがよかった」と簡単に感じます。しかし現場では、乳児の健康や安全を守ることが最優先です。発熱した赤ちゃんを無理に撮影に参加させる選択肢は現実的ではありません。
特に生後間もない乳児には、就労許可や健康状態について大人より慎重な条件があります。カリフォルニア州では、生後1か月未満の乳児が映画撮影に参加する際、条件によって医師による証明も必要になります。
「本物の赤ちゃんを使わなかった」のではなく、「本物を使う準備をしていたが、その日に使える赤ちゃんがいなくなった」と理解すると、このシーンが生まれた経緯がわかりやすくなります。
なぜ撮り直しやCGIを使わなかったのか

事情を知っても、「それなら後日撮り直せばいい」「CGIで自然な赤ちゃんに変更できたのでは?」という疑問は残ります。ただし、この点について監督や製作会社から「この理由で撮り直さなかった」「この理由でCGIを使わなかった」という詳細な公式説明が出ているわけではありません。
別日に撮り直すと赤ちゃんだけの問題では済まない
映画の1シーンを撮り直す場合、赤ちゃんだけを再び呼べば済むとは限りません。ブラッドリー・クーパーやシエナ・ミラーのスケジュールを合わせ、撮影スタッフをそろえ、セットや衣装、照明、カメラの状態を再現する必要があります。
もちろん大作映画では撮り直し自体は珍しくありません。しかし、問題のシーンは物語の進行上成立しており、赤ちゃんが人形であること以外には大きな撮影上の失敗がありません。製作側が追加の時間とコストをかけて再撮影するほどの問題とは判断しなかった可能性があります。
イーストウッド監督はその場で撮影を進める判断をした
脚本家ジェイソン・ホールの説明からは、赤ちゃんが2人とも使えないと判明した段階で、イーストウッド監督が人形を使って撮影を進めたことが読み取れます。
さらにホールは後年のインタビューで、乳児には出演可能な時間が限られるため、2人いない状況で長い会話シーンを成立させるのは難しかったと振り返っています。そのため、少なくとも撮影当日の判断としては、延期よりも「人形で撮る」ほうが確実だったのでしょう。
「CGIを使う予算がなかった」と断定することはできない
ネット上では「なぜCGIで直さなかったのか」という意見もあります。『アメリカン・スナイパー』自体にはVFXが使用されているため、CGIを一切利用できなかった作品ではありません。
ただし、赤ちゃんをCGIに置き換えなかった具体的な理由は明らかにされていません。人間、とりわけ顔や肌の質感を自然に作るCGは簡単ではなく、2014年当時であれば不自然なCG赤ちゃんが別の意味で目立つ可能性もありました。
確認できる事実は「本物の赤ちゃん2人が撮影できなくなり、人形で撮影した」というところまでです。「予算不足だから」「CGIを作る時間がなかったから」といった部分は、公式な説明がない以上、事実として断定しないほうが正確です。
「ロボット赤ちゃん」「わざと人形にした」などの噂は本当?

このシーンは公開直後から非常に話題になったため、さまざまな説明やジョークが広まりました。中には事実と区別したほうがよい情報もあります。
| よくある説 | 確認できる内容 |
|---|---|
| 最初から人形を使う予定だった | 誤り。本物の赤ちゃん2人が予定されていました |
| 赤ちゃんが病気になった | 事実。1人が発熱したと脚本家が説明しています |
| 予備の赤ちゃんも使えなかった | 事実。2人目は撮影現場に来なかったとされています |
| 低予算だから人形になった | 直接の理由として確認されていません |
| 特別な意味を持たせる演出だった | そのような説明は確認されていません |
| CGIを使えなかった | CGIを使わなかった具体的理由は公表されていません |
「ロボット赤ちゃん」は主にネット上での呼び名
海外ではこの赤ちゃんについて「robot baby」「fake baby」などさまざまな呼び方がされました。しかし、作品のストーリー上でロボットが登場しているわけではありません。
あまりにも動きが不自然だったため、批評記事などでジョークとして「ロボット赤ちゃん」と表現されただけです。したがって「高性能なロボットを使ったものの故障していた」というような事情ではありません。
戦争によって家族との距離が生まれたことを示す演出ではない
『アメリカン・スナイパー』では、クリスが戦場に適応していく一方、家庭生活になじめなくなっていく姿が描かれます。そのため「赤ちゃんが人形なのは、クリスにとって家庭が現実味を失っていることを示す意図的な演出なのでは」と深読みすることもできます。
映画の読み方としてそう解釈すること自体は自由ですが、制作事情については脚本家が撮影当日のトラブルだったと説明しています。したがって、人形の使用そのものを象徴的な演出だったと考える根拠はありません。
作品自体は大規模な映画だった
『アメリカン・スナイパー』はクリント・イーストウッド監督、ブラッドリー・クーパー主演で制作されたワーナー・ブラザース作品です。日本のワーナー・ブラザース公式サイトによると、2014年製作で、第87回アカデミー賞では音響編集賞を受賞し、作品賞や主演男優賞などにもノミネートされました。
戦闘シーンでは大規模なセットやVFXも使われています。その規模を考えるほど「なぜ赤ちゃんだけこんなにわかりやすい人形なのか」という疑問が強くなりますが、だからこそ答えは予算規模よりも撮影当日の突発的な事情にあると考えるのが自然です。
人形の赤ちゃんが話題になった理由と作品への影響

数分にも満たない小さな出来事にもかかわらず、『アメリカン・スナイパー』の赤ちゃんは公開から長い年月がたっても語られ続けています。それほど印象に残ったのは、映画全体のリアリティが高かったことも関係しています。
リアルな戦争描写との落差が大きかった
本作では、銃撃戦や市街地での戦闘だけでなく、戦場で瞬時に判断を迫られるクリスの緊張感が生々しく描かれています。ブラッドリー・クーパーも実在したクリス・カイルを演じるために大幅に体格を変え、兵士としての身体や動きを作り込んでいます。
そうしたリアリティの高い映像を見続けた後に、明らかに動きの少ない人形が大きく映るため、観客の感覚が一気に現実へ戻されてしまいます。もしコメディ映画の短いカットであれば、ここまで大きな話題にはならなかった可能性があります。
重要な夫婦の会話より赤ちゃんに視線が向いてしまう
もう一つの問題は、人形が登場する場面そのものがドラマ上重要だったことです。クリスとタヤの関係は、戦場に向かう兵士とその帰りを待つ家族という本作の核心に関わっています。
本来なら夫婦の表情や会話に集中する場面で、観客が「赤ちゃんが動かない」「手が人形っぽい」と気づいてしまうと、緊張感が途切れます。海外メディアでも公開当時からこの点が繰り返し取り上げられ、映画の中でも特に有名な撮影上の珍場面になりました。
事情を知ると映画制作の難しさが見えてくる
完成した映画だけを見ると単純なミスのようですが、背景を知ると少し印象が変わります。撮影当日に出演予定者が使えなくなること自体は、大人の俳優でも起こり得ます。ところが乳児の場合、すぐ別の赤ちゃんを探して長時間撮影するという対応が難しくなります。
その状況で、セットや出演者を押さえたまま撮影を延期するのか、画面上の完成度を多少犠牲にしてでも人形で撮影するのかという判断を迫られました。結果的には人形の不自然さが長く語られることになりましたが、映画制作では「最もリアルな方法」と「その日に実行できる方法」が必ずしも一致しないことを象徴するエピソードともいえます。
アメリカン・スナイパーの赤ちゃんが人形なのは撮影当日の事情が原因
『アメリカン・スナイパー』で赤ちゃんが人形なのは、最初から予定された演出ではありません。撮影当日に、本物の赤ちゃん1人が発熱し、もう1人も現場に来なかったため、クリント・イーストウッド監督が人形を使って撮影を進めました。
赤ちゃんの映画出演には健康面への配慮だけでなく、撮影できる時間にも厳しい制限があります。そのため「別の赤ちゃんをすぐ連れてくればよい」というほど単純ではありません。2人とも使えない状況になったことで、その日の長い会話シーンを本物の乳児で撮影することが難しくなったわけです。
「予算がなかった」「意図的な象徴表現だった」「ロボット赤ちゃんを使った」といった説明より、本物の赤ちゃんを用意していたものの、当日のトラブルで急きょ人形に変更されたというのが最も確かな答えです。事情を知ったうえで改めて観ると、ブラッドリー・クーパーが人形を本物らしく見せようと演技している様子も含め、映画制作ならではの珍しいエピソードとして違った見方ができるでしょう。


